ドイツの旅 1
ドイツ(ベルリンを旅する)1981年
ドイツ(ベルリン)を訪れてもう20年以上も経っています。
今も鮮明に残っている記憶に焦点を絞ってドイツ旅行を綴ることにします。
初めてのヨーロッパ旅行でした。当時は伊丹空港からアンカレッジを経由して
ベルリンに向かいました。アンカレッジの「うどん」の看板・・・異国でみるきつねうどん。うどんに目がない夫はこのお店に飛びこんで大喜びでした。
西ベルリン
当時のベルリンは東西に分裂、東西を二分する壁が印象的でした。
1961年8月13日、ベルリンには一夜にして「壁」が築かれました。
高さ4M、全長約160Mもの長い壁はコンクリートでできていました。
この壁に沿って、白い十字架が下の写真のように並んでいました。
その前には花束が飾られていました。
西ベルリンに住んでいる人が東ドイツに住んでいる親兄弟、知人に会うため、
このコンクリートの壁を越えようとして、捕らえられて銃殺されたのです。
なんと痛ましいことでしょう。
ベルリンのシンボル、ブランデンブルグの門頭の4頭立ての馬車・カドリーガと
それを操作する女神の像も後ろ姿を観るのみで残念でした。
【注】初めてのヨーロッパ旅行・・・写真はたくさん撮りました。その写真には
必ずといっていいほど人物が写っています。それらを除外して写真を選びました。
この頃にホームページがあり、デジカメがあったらどんな写真をとってきたのかなあ・・・と思いつつこのページに取り組みました。
ベルリン滞在中に宿泊したホテル
バッハが活躍したトーマス教会
バッハはこの教会のオルガン奏者として活躍したであまりにも有名な教会。
その教会のステンドグラスは美しい。
ここでマタイの受難曲が作られたと伝えられています。
エジプト博物館にて
アマルナ美術の傑作「王妃ネフェルティティの胸像」
神秘的な美しさに心ひかれます。
ベルリンは美しい公園、水路、湖に恵まれています。
遊覧船で美しい景色を見ながら、ゆっくりとお食事を楽しみました。
東ベルリン
この旅行も終わりに近づいたころ、東ベルリンへのバスツアーがありました。
「今日は東ドイツへ行きます。ここでは写真を撮らないでください。」と
添乗員さんからの注意がありました。
バスは整備された高速道路を心地よく走りました。現地のガイドさんが
観光案内、当時のドイツの国事情などを話してくれました。
ところが東ベルリンに入る走行時間にして30くらい前の地点で、
ガイドさんが降りてしまいました。
しばらくして、制服を着た係の人が乗り込みパスポートをチェック、車内を
くまなく丁寧に点検しはじめました。私たち旅行者は沈黙と緊張のときでした。
東ベルリンで驚いたことは西ベルリンのような華やかさは全くと言っていいくらい
ありませんでした。女性の服装も黒が主体、警備の兵隊が銃を持って立っていました。
お昼のランチには驚きました。
レストランに入って待つこと20分、やっと出てきたスープはコーヒーのような色、煎じ薬のような味、スプーンはアルミという具合・・・続いて出てくるお料理も同じような感じでした。
この東ベルリンへのバスツアーは日帰りでしたが、緊張の連続でした。
(写真撮影は禁止)
1990年にドイツ統一・・・この統一後のベルリンを観たいという思いは今も心の片隅でもがいています。
この後、3回ドイツへ行きましたが、フランクフルト以南の旅行が多く、ベルリンへ行く機会がありませんでした。
わたしはドイツが好きです。この年になってもベルリン、ドイツの田舎への旅を夢みています。